続いて、孤児院について・・・
ギニアでは、病院のほかに学校と孤児院を自分の目でその現状を見たかった。
学校は、お願いしていた女性がその日高熱を出してしまい訪問ができなくなってしまった。
Sは自分の運営する孤児院のことを4年前の日本滞在中にわたしに話してくれた。
でもそのときは、アフリカ人のスケールの大き過ぎる話に半ば辟易しかけていたときでも
あったので、取材に来るメディアにその話を伝えながらも自分の中では半信半疑なところもあった。
が、違った。
はじめ彼はあまり自分からそこへわたしを連れて行きたがらなかった。
どうしても行きたい~、と2日間ほど粘ってようやく連れて行ってくれた。
そして、驚いた。同時にSへの尊敬の念で胸が溢れんばかりになった。
在籍児童数24名。拾われたときは全員が病気。おそらく病気の子どもを養っていく経済力が両親になかったために捨てられた子どもたちだ。
この施設は有名なの?と聞くとあまり知らせていないという返事が返ってきた。
施設が有名になると、ますます子どもを捨てる親が増えてしまうことを危惧するという。
屈託のない子どもたちの姿に涙が出た。日本でも同じような事態はある。
でも最貧国のここの状況は悲惨だ。寄付でもらったようなたくさんの服が無造作に干されていたが、
大半は日本ではゴミも同然のような衣服。
24名の子どもたちのお米も十分にない状態。
それでもその子たちの将来を考えて、Sは週末に英語の先生を呼んで指導を受けさせる。
フランス語圏のこの国では、英語ができると職にありつける。
体操の才能がある子、書の才能がある子、メカニカルな才能がある子・・・少しでも秀でた
面がある子は、その道の師の元に送ると話していた。
全員が学校へも行かせてもらっている。
確かに義務教育がないこの国では、貧しい家庭で働かざるを得ない子たちよりも、
ここに預けられた子のほうが良い教育を受けさせてもらえる。
貧しくとも両親の元にいる子ども、ここの子たちのように捨てられた子ども。
いろいろと考えさせられてしまう。
この施設に向かう途中に、線路を見た。線路づたいにぞろぞろと老若男女が歩いていく。
その先は・・・鉱山。その光景の先にあるのは・・・・わたしはそのときブラッドダイヤモンドという映画のワンシーンを思い出した。
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*アテンドリエペジーブルは、この孤児院にお米代、文具代、衣服代を寄付しました。(2009.4)